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2008年3月に作成された記事

出生時間の予測

いよいよ、入院となったら、ほとんどの方が質問されるのは

「いつ生まれますか」

です。

この質問は非常に答えるのは難しいのです。私の場合、明らかにもうすぐで生まれると確信を持ったときにしかお返事しないことに決めています。予測はある程度できるのです。内診所見と陣痛状態、赤ちゃんの大きさ、お母さんの体力などから総合的に判断してある程度の時間は予想します。

が、言わないのには理由があるのです。それは、今、みた状況がずっと続くのであれば、という条件が必要になるからです。

スムーズなお産になりそうで、教科書的な進み具合だと予想しても、途中でお母さんの体力が落ちてしまうかもしれません。陣痛が弱くなるかもしれません。赤ちゃんの頭が骨盤の中でうまく回らなくなるかもしれません。そうならないように、助産師はついているのですが、やはり、どうしても防ぎきれないときはありますし、なぜ?こんなことに?と首をかしげることもよくあります。それが人間の力ではどうにもならないことではあると思うのです。

そんな状態で「あなたは19時ぐらいに生まれますよ」と何時間も前に宣言していたとします。その時間になっても生まれていなかったらどんな気持ちがするでしょう。気持ちが落ち込んでしまうのです。助産師が予測時間を間違ったということで責められるのは仕方がないです。事実だから。問題は「もう、無理」とお母さんや家族の方が思って必要のない促進剤の使用や帝王切開を切望することです。お母さんが産む気になってこそ、弱まった陣痛も元に戻ります。赤ちゃんも産道を降りてきます。マイナスのイメージはマイナスの結果しかもたらさないのです。

これから先に何が起こるかわからない状況で分娩時間を伝えることは、今、そこに存在するお母さんたちには希望になるけれど、予測時間を越えてしまったときには一転して失望にかわるおそれがあります。分娩時間を聞いて、その時間を越えてパニックになってしまった方を何度もみたことがあります。そこで思ったのは分娩時間をあらかじめ伝えることで満足するのは誰だろうということです。私には当たったときには予測時間を伝えた人間の自己満足にしかならないように思えます。「ほら、言ったとおりでしょ?」という。それ以上に何か、得ることがあるでしょうか。

「ただ、あなたが、時間を間違えていうのがいやなだけでしょ」というご意見もあると思います。人の考え方はそれぞれです。絶対に何も言わないというわけではありません。大まかな予測を伝えたりはします。「今晩中かな?」とか「今日のお昼ぐらいかな?」とか。

助産師教育の中では受け持ちの産婦さんに出会った時点で、その方のケアをどうしていくのか(助産計画といいます)、分娩予測時間を指導者さんに伝えなければなりません。それができないと受け持たせてはもらえません。なので、自分の中ではある程度の予測時間はもっています。それは、行き当たりばったりで準備をしていくのではなく、お母さんに不安を与えないようにいろいろな準備をしていくためです。「そろそろ、分娩室に移動したほうがいいかな?」とか、「お産の準備はあらかじめしておいたほうがいいかな?」とか。目の前で助産師がばたばたすると、お母さんは気もちるし、不安ですから。

つらい時間が早く終わりたい気持ちは十分にわかります。でも、お母さんには今、自分の身に起こっていることに対応していただきたいのです。痛みがあればマッサージをする、しんどくなったら休む、赤ちゃんにしっかり酸素を送るように呼吸法をしたり、リラックスをするなど・・・そして、周りの家族の方も「何時に生まれますか?あとどれぐらいで生まれますか?」とせかしてあげないでいただきたいのです。焦るのはお母さんですから。

ゆったりと、自然の赴くままに身をゆだねるということが大事ではないでしょうか。

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お母さんのための相談室

最近、こんなことが将来的にできないかなぁと思っていることがあります。

助産師外来ではなくて、お母さんのためのカウンセリング。助産師外来になると、時間も限られるし、保健指導など、ほかのことが入ってきて、なかなか精神的なことを相談しようとすると時間がないと思うのです。

そうではなく、お母さんのストレスとか、主に精神的な支えを必要とする場がないかなぁ、作れないかなぁ、と漠然と思っています。妊婦さんや育児中のお母さんのための。

実は私はアダルトチャイルドです。その故、生きづらさを感じてきました。自分が生きていくのもつらいのに、人を育てていくのは大変です。なんせ、自分がされてきたこととおなじことをしているのではないかという不安に常にさいなまれるのですから。

助産師は強い人が多いかもしれません。でも、弱さを抱える助産師もいると思うのです。だからこそ、余計に、妊娠や出産、育児のなんともいえない不安を感じ取るのかもしれません。

出産はある意味、自分にとっては精神の危機的状況です。自分と実母との関係を整理しないと母親になることが難しいのです。そこで、ひっかかりがあると、育児に影響してくると私は考えています。

なので、精神的フォロー、自分のつらさを吐き出す場がどこかにあればいいなぁと思います。サークルではなく。吐き出すことができて、初めて、自分に向き合えます。それが今の、私です。

ただ、自分のつらい思い、聴いて欲しい思いを表出する場っていらないですか?

私はいつか、作りたいなぁ・・・

もし、いる、という意見があれば、現実に作れればいいなと思っています。

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リスクのあるお産

リスクのあるお産で代表的なものは初産婦の骨盤位分娩(逆子)と前回帝王切開術後経膣分娩(VBAC:Vaginal Birth After Cesarean )でしょうか。

どちらも、経膣分娩の場合はかなりの緊張を伴います。まず、まず、骨盤位分娩の場合。初産婦さんはほとんどの施設では現在、帝王切開を選択されていると思います。赤ちゃんは頭が一番周囲径が大きいので、頭が下(頭位)の場合は大きい頭が狭い産道を開いてくれるので、肩、腹部はするっと出てくれます。そして、頭が浴槽の栓のようになり、先に臍帯が出るのを防いでくれます。臍帯が先にでてしまうとどこかの地点で赤ちゃんの体に挟まれます。すると、血流が完全に遮断されるので、絶対に起こしてはならないことになるのです。

しかし、お尻が下の場合、いくつかのリスクを伴います。ひとつはお尻が下のために、お母さんのおなかの中には空間ができます。お尻がきれいにお座りをしている状態ならよいのですが、バレリーナのように、片足を上げているような状態になると空間はますます広くなります。すると前述の臍帯が先に出てくるリスクがあります。

もうひとつはお尻までは出たけれど、腕がお母さんの産道の中でバンザイをしてしまうことがあります。バンザイをしてしまうと、それだけ、周囲径が大きくなり、下からは出てきません。絶対に避けなければいけない事態です。

いろいろとリスクは伴いますが、医師の経験が豊かで腕が確かなら、骨盤位でも経膣分娩を取り扱っているところもあります。私が以前勤務していたところも、骨盤の大きさや、赤ちゃんの体位、臍帯脱出のリスクがないことを確認して医師は取り上げていました。(このお産は異常の範疇になるので、助産師は直接取り扱いません)そして、急な変化に対応できるように、手術室の準備も一応しておきます。

でも、最近は帝王切開を選択する施設が多いので経験豊かな医師も少なくなります。若い先生は経膣の骨盤位分娩を見たことがないということも聞いたことがあります。おそらく、骨盤位を取り扱える医師は少なくなっていくことでしょう。リスクが高いのなら、安全に帝王切開をしたほうがよい、との方向性になっています。

VBACは子宮破裂のリスクがあります。これも、以前の勤務地では子宮壁の厚さをみて、児の大きさとお母さんの体格を考慮して取り扱っていました。もちろん、破裂の兆候が少しでもあれば、すぐに緊急帝王切開となります。

本当はおなかを切るよりは自然に下から産んだほうが体は楽です。退院も1週間ほどでできるし。おなか切ったら、傷口が痛いし。

でも、やむを得ない事情もあります。お産は自然のもの、といいながら。途中まで、大丈夫だったものが突然、異常になることがあります。そうなると、やはり、人が生まれる、産むということは人間の力ではどうしようもない大きな力ははたらいているのだなぁ、と感じさせられます。

もし、このようなリスクの高いお産になったら、十分な説明を聞いてください。自分の体は自分のものです。おまかせではなく、納得のいくように聞いてください。

リスクのあるお産はこれだけではありません。ほかにもあります。それを早期発見するためにも、妊婦健康診査は必ず受けましょう。高くても、命にかえられません。

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助産師の作られ方

昨日、助産師のことについてちらっと書きましたがそもそも、助産師とはどのようにしてなるのか、ということを少し説明したいと思います。

現在の方法は

①看護学校に入学する。もしくは大学の看護学部に入学する

②助産師学校に入学する。もしくは、4年制の看護学部の助産学専攻コースのあるところに編入する(後ほど説明します)

③看護師国家試験、助産師国家試験に両方とも合格する

です。①は、まじめに受験勉強をしてください。入る方法はそれしかありません。

②はかなり受験勉強をしてください。専門学校、短期大学助産学専攻科になると倍率は低くて5~6倍、通常10倍近くです。

③はまじめに実習、授業を受けましょう。まじめにしていたら、受かります。

さて、②ですが、ここが、今、助産師教育界で大きく課題としてあげられています。そもそも、日本では助産師教育は法律上6ヶ月以上の教育でよいとされています。なので、今はほとんどありませんが、1年で助産師と保健師の両方の国家試験受験資格が得られる保健婦助産婦合同課程というものがありました。ただ、現実に助産師が卒業後に助産師として動けるには半年の教育では不十分です。分娩介助件数は以前は10例以上とされていました。そして、1年間みっちりと、「助産師とはなんぞや」からはじまり、妊婦さん、産婦さんを通して命の大切さとその手助けをする仕事であるということを学び、助産学研究でプライドを得て、卒業となるわけです。私もその一人です。助産学専攻科時代は夜も昼もなく、3日も寝れず研究室という名の小部屋に缶詰になり研究をしながら、同級生と助産について熱く語ったことを思い出します。でも、2度とはできません。身体的、精神的にきついです。

が、看護教育界はここ数年で激変しました。医学部より増えた看護学部。従来の専門学校、短期大学専攻科では大学を卒業した助産師希望の学生が、また、入りなおしをしなければいけないということになるので、必然的に学部内に助産学専攻コースが作られます。しかし、助産学は症例数が必要です。なので、募集人員には限度があります。おそらく10人前後しかそのコースは選択できないと思います。ですが4年間の教育で看護師、保健師、助産師、場所によっては養護教諭の学習をするのは無理があります。そこで、少しづつ時間数が減っているのが現状です。みっちり1年かけていた教育が少しへらされることによって生じた問題は助産師としてのアイデンティティの確立です。本当に助産師になりたい、という人ももちろんいて、それが大半です。でも、中には資格だけほしいという人もいます。資格だけ欲しい人が卒業後、助産師になってくれるでしょうか。それは本人しかわかりませんが・・・

そして、看護専門学校、短期大学から大学編入は非常に難関です。まして、数少ない助産学専攻コースに入れるかどうかというさらなる難関が待ち受けています。

何が言いたいかというと助産師って勉強ができるということだけを求めているわけではないのです。助産師とは、お産って?妊娠するって?命って?など、人間の存在に関することをどこかの地点で思いっきり考えなければいけない職業なのです。そこがないと、お母さんたちを支えきることはできません。だから、従来の教育では「助産師とは」ということをコンコンと叩き込まれたのではないかと思います。もちろん、大学の助産学専攻コースもさまざまな課題を解決しようと、変化しています。従来の専門学校、短期大学専攻科でなければならないということを言っているわけではございませんので、誤解のないようにお願いします。

とにかく、1年間、もしくは濃厚な時間をかけてさまざまな人と意見交換をして、自分の助産師像を作り上げていきます。時には(私の学生の場合はしばしば)喧嘩もしました。教授ともただ、教えていただくだけではなく、意見交換をし、また、それを聞いていただきました。

なので、助産師は結構、議論好きです。それは学生時代の名残かと私はみています。私もそうです。そして、自分の大事に思うことは頑固に曲げなかったりします。

昨日の記事には助産師の仕事はいまいち世間に知られていないということを書きましたが、実は助産師は熱いのです。おとなしそうに見えても、語らせると熱い人がほとんどです。熱い人が多いので、妊婦さんや産婦さんが困っていると黙っていられません。

というわけで、病院や助産院で助産師を見つけたら気軽に声をかけてみてください。そして、自分の気になっていることや、考えていることを伝えてみてください。

しまった・・・語りすぎた・・・

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助産師って・・・?

私の職業は助産師ですが、この名前をよく知っているのは妊婦さんなど、お産に関係する人であり、一般の人の認知度は低いように思います。助産婦から助産師に名称が変更したからなおさらです。

ある学校の先生は私に「助産師の~です」と自己紹介をしているにもかかわらず、「それで、あなたの肩書きは何になるのですか?」と聞いてきました。「いえ、ですから、助産師で、ただの平社員ので」と答えざるを得ませんでした。

ある医師は「助産師って、産婦人科医を助けるのが仕事でしょ?」と言ってきました。「正常範囲にある妊娠、出産、産褥はすべて、私の責任において扱うことができます。助けるのは産婦さんのことであり、産婦人科医を助けるために存在しているわけではありません」

うちの夫も出会ったときは助産師(当時は助産婦)が何をするのかがわからなかったようで、最近、ようやく、わかりつつあるという感じです。

では、同業の看護師はどうかというと、「え~一人でお産がとれるの~?」という人もいたり、やはりわからない人がいたりします。

同業者ですら、説明をしなければいけないこの職業。そして、職務内容もあまりわかってなかったりすると、とほほ・・・という感じです。

でも、ようやく、私たちの仕事が一般に知られるようになりましたが、それは、妊婦の受け入れ拒否などの最近の産科事情がニュースに取り上げられるようになったからということも原因のような気がします。

ただ、助産師学校(専門学校、短期大学専攻科)などが激減し、看護学部の4年間の中に統合され、ますます、助産師という職業がわかりにくくなっているようにも思います。

看護師と助産師は多くの施設では同じユニフォームです。最近、やっと、名札に「助産師」といれてもらえるようになりました。私の勤務するところでは助産師と看護師のユニフォームは明らかに違いますが、それだけの変化でも、長い道のりがありました。

これからの課題はなんでしょうか。それぞれのお産を大事にするという風潮があるのなら、正常妊娠、分娩、産褥のプロである私たち助産師の存在を世の中に知ってもらわなければ成り立ちません。そのために、私たち助産師ももっと、外に出て行かなければいけないなと私は思います。

学校で性教育の講義をしているのももしかしたら、助産師かもしれません。乳房マッサージ専門の助産院もあります。保健センターにもいます。不妊治療の場にも助産師はいます。

私も、今年度から、病院というフィールドを持ちつつ、ちょっと、外に出て行こうと思っています。

ちょっと助産師という職業のアピールをしてみました。みなさん、今後ともよろしくお願いします。

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もし異常があったら・・・

自分のおなかの中にいる赤ちゃんに何か異常が見つかったら・・・それは多くのお母さんが抱く疑問だと思います。

超音波診断技術は急激に向上しました。2次元の世界から3次元の世界へ。そして、4Dへ。かなり明確におなかの中の赤ちゃんの様子を見ることができます。

でも、すべての異常を発見することは残念ながらできません。

お産が100%安全であるということが言い切ることができないのと同様に。厳しいことを言うようですが、この世に絶対はないのです。

赤ちゃんも同様です。すべての命が何もないとは絶対に言い切れません。これは人類が絶えてしまうまで続くことでしょう。

ここまで、私は「異常」という言葉を使いましたが、「異常」ってなんなのでしょう。私にはわかりません。でも、外見的、内臓等に何かしらの奇形、病気を有することが「異常」と使っているようです。ここではこの言葉の定義でお話を進めて生きたいと思います。

どのカップルに赤ちゃんに異常が生じるか、それはわかりません。赤ちゃんにとっていいことをすべてしつくしたとしても、また、逆に悪いことをしたとしても、どのような赤ちゃんが自分たちのもとに来るかはわからないのです。

もし、異常があったら・・・

多くの方はショックを受けることでしょう。なぜ、私の赤ちゃんが?私が何かをしたのではないのか?これからどうしよう。この子の将来は?など、さまざまな不安や思いが交錯することと思います。

私は職業上、何人かのそのような症例をみてきました。さまざまな反応でした。でも、みなさん、そのつらい思いを超えていかれました。そこには、パートナーの大きな支えがあったと思います。でも、二人ではなかなか超えることは難しいときがあります。そのような時は、素直な自分の気持ちを言いやすい人に出してください。無理に気持ちを押し込めると、つらくなります。その相手が、出産のときに立ち会った助産師であったり、友人であったり、同じような疾患を持つグループの仲間だったりします。

自分の赤ちゃんに対する正直な思いにまず、耳を傾けてください。そして、その自分を受け止めてください。時間はかかるかもしれませんが、いつか、道は開きます。

見えない先の不安があると思います。でも、ある程度、気持ちが落ち着いたら、今、存在する新しい命に目を向けてください。新しい命は息をし、おっぱいを飲み、うんちやおしっこをします。生きています。そして、新しい命の個性を見出してください。

一人で悩まないで・・・あなたの不安や思いを聞いてくれる方がどこかにいます。

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