人間を産むということは
妊娠、出産は人間をこの世に生み出すことである。それは自分の意思で動かせるものではない。妊娠は自分の意思でできるではないかという意見をもたれる方もいるかもしれないけれど、自分の意思ではできない。たまたま、排卵期に性行為が行われて、精子が無事に卵子にたどり着き、子宮内に着床しないと妊娠はできない。それは自分の意思でできるものではない。ものすごく、緻密に作られたからだの仕組みである。
出産も自分の意思でできるものではない。帝王切開は別として。生まれる時期、産み出そうとする時期がきて、ホルモンが分泌され、陣痛や破水が始まる。自分で陣痛や破水を起こさせることはできない。
そのように感じると、妊娠、出産は非常に人智を超えたものであると思う。それを人間の身勝手で「おろす」といってみたり、「この日に産ませてくれ」といってみたり、新しく生まれる命がないがしろにされているのではないかと感じることもたまにある。しかし、これはあくまでも私個人の意見であり、他者に押し付けることのできるものではない。ただ、たまにはぼやきたくなることもある。
人間の命は昔に比べて軽く扱われているのではないのか、でも、昔も子殺しということもあったと聞く。そう思うと、今も昔も、命を軽視することはまったくないことではないのではないかと思う。非常に残念なことではあるが。
生まれない命も軽視されることもあれば、現実に生まれた命も軽視されることもある。それが虐待である。離婚してどちらもが子どもをひきとらないという事例も増えているという。命をなんと考えているのか。本当に腹立たしい。自分の子どもだけがよければよいという考えも多くをしめている。
人が人の命を宝物のように思える日がいつかきますように。
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